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2015_07
04
(Sat)06:00

グラバー園へ

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貿易商であり、グラバー商会を設立したトーマス・ブレーク・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築。
1961年(昭和26年)6月7日、主屋・附属屋が国の重要文化財に指定。

雨が降るこの日、紫陽花が綺麗でした。
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市電を降りた場所からグラバー園へスカイロードで行こうと思ったのですが、なんとこの日に限ってメンテナンスのためにお休み。。。
仕方がないのですぐ横の階段を登ることに。。
階段を上った途中の写真です。長崎は坂の街,むこうに見える丘の上まで住宅があります。

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グラバー園から長崎港が一望できます。
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旧オルト住宅  

この家にはイギリス人ウィリアム・ジョン・オルト(William J. Alt 1840~1905)が1865(慶応元年)~1868(明治元年)の3年間住んでいました。石造円柱が列ぶベランダの中央に妻切屋根のポーチがあり軒高の堂々たる偉容を誇る幕末明治洋風建築の中でも出色の建築です。イギリス人の設計で日本人小山秀之進が施工したといわれています
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バラも咲いていました。
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グラバー園を出るとすぐ横に大浦天主堂がありました。
大浦天主堂は二つの歴史的出来事と密接に関わっています。
 一つは、言うまでもなく大浦天主堂の正式名称である「日本26聖人殉教者天主堂」からもわかるように、1597年日本で最初に殉教した日本26聖人たちに捧げられた教会です。そのため、大浦天主堂は殉教の地である西坂に向けて建てられています。
 もう一つは、1865年におきた信徒発見です。大浦天主堂が1864年にたてられ、翌1865年2月から公開が始まった一ヶ月後に浦上の隠れキリシタン達が信仰告白をして名のりを挙げました。プチジャン神父は大喜びでフランス、ローマに報告しています。HPより
中は撮影禁止のため画像はありません。
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帰る頃にはかなりの土砂降りとなったので、近くにあったホテルでティータイム
ラズベリーのケーキ、美味しかったです♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦
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